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永井祐歌集『日本の中でたのしく暮らす』

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永井祐歌集『日本の中でたのしく暮らす』(BookPark)を読む。

ずっと前に読んでいて、何度か読み返していたのだが、紹介が遅くなってしまった。

永井さんとは「早稲田短歌」と「太郎と花子」との合同歌会で初めてお目にかかったのだった。もう十年近く前のことだろうか。染野太朗さんや五島諭さんもその会にいらっしゃった。なんとも懐かしい思い出である。

永井さんの歌は、一部の作品ばかりが取り上げられ、様々な評者からいろいろに言われていたが、歌集一冊を読み通すと、従来のイメージとは全く違った世界が立ち上がってくる。

非常にくっきりとした主人公の像が読者に伝わって来るのだ。一人っ子で、アルバイトをしていて、レンタルビデオやマンガ喫茶が好き。歌集のタイトルとは裏腹に、ちょっとさみしくて、切ない青春を生きている。そんな主人公である。

なついた猫にやるものがない 垂直の日射しがまぶたに当たって熱い
1千万円あったらみんな友達にくばるその僕のぼろぼろのカーディガン


一首目は歌集の巻頭歌。自分になついてくれた猫にあげるものを、〈私〉は何も持っていない。そんな〈私〉の現実をあぶり出すかのように、夏の日差しが照りつけてくる。
二首目は、ぼろぼろのカーディガンを着ている〈僕〉なのに、もし1千万円あったらみんな友達に配ってしまうのだという。

この歌集のテーマの一つは、〈所有していない〉という現実である。あるいはそれをもっと積極的に言い換えれば、〈所有しない〉という思想と言ってもいいかもしれない。レンタルビデオやマンガ喫茶などの、物を〈借りる〉場面がよく出てくるのも、同じテーマの影絵になっているように思える。

はじめて1コ笑いを取った、アルバイトはじめてちょうど一月目の日
食事の手とめてメールを打っている九月の光しずかなときを
僕に来たメールに僕は返信をその文体をまねして書いた
歩いていくとだんだん月はマンションの裏側へもう見えなくなった


こんな日常のちょっとした瞬間を切り取った歌も魅力的だ。特に二首目には、静謐な時間の漂いが感じられて、大好きな一首である。

この歌集を読んでいると、不思議なことに、読みながらときどき耳がピクリと動いたりする。普段あまり使わないような神経を、永井さんの作品が刺激するのだろうか。

アルバイト仲間とエスカレーターをのぼる三人とも一人っ子
山手線とめる春雷 30才になれなかった者たちへスマイル
君に会いたい君に会いたい 雪の道 聖書はいくらぐらいだろうか




写真は新宿東口の「石の家」のネギみそ。新宿で歌会をやっていたころ、「りとむ」の三次会でよく行っていたお店の定番のおつまみ。「りとむ」の会員はこういうものを食べて歌を詠んでいる(一部の人ですが)。
今年は注目の歌集がたくさん出ていて、続々と紹介したいのだが、なかなか追いつかない。

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